今回のサッカー日本代表に選ばれ、活躍をしているJリーガーだ。
そんな遠藤渓太選手は普段は、横浜F・マリノスに所属している。
元々はこの横浜F・マリノスのユースに所属をしていて、そのままプロ入りとなったのだ。
そして今回は日本代表に選抜され、今後が楽しみな22歳という若い注目の選手である。
遠藤渓太選手は中学時代まで、評価が高いとは言えない選手だった。
それがユースから、そしてプロ入り後とドンドン飛躍していった選手なのである。
そこで今回は、成長著しい遠藤渓太選手の魅力に迫ってみたい。
遠藤渓太選手の日本代表としての才能はユースで開花する
遠藤渓太選手は無事にユースへの昇格を果たした。
高校進学後は高1の間は全く試合に出れなかったそうだ。
高2になり試合に出るようになり、出番を掴むようになっていった。
高2の頃にはチームの得点源となっていたようだ。
これに対して本人もインタビューでは
「とくになにかあったわけではなく、点が取れるようになっていた」
と答えている。
大きなキッカケがあったわけではないが、この頃から徐々に歳のは開花していたようだ。
そして先輩にも「お前が点を取らなきゃダメだぞ」と、期待を込めた言葉をかけてもらっていた。
遠藤渓太選手本人も
「少なからずこういった期待に応えたいという気持ちがあった」
とインタビューで答えている。
そして高3になると自分の武器がドリブルであることを意識し始める。
自身も
「正直向かうところ敵無しだと思ってました。一対一で負けることは無かったですからね」
とドリブル技術が武器であることに気付いた旨を、インタビューで答えているのだ。
このようにユース時代で遠藤渓太選手の才能は大きく開花した。
遠藤渓太選手はユースで敵無しでもプロ入りは微妙だった?
㊗️横浜F・マリノス ユースがプレミアリーグ昇格!
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— 横浜F・マリノス【公式】 (@prompt_fmarinos) December 15, 2019
遠藤渓太選手は自身でも敵無しと思うような状態でユース時代を過ごした。
しかしそんな彼のプロ入りについては微妙だったようだ。
何より本人がプロ入りなんかできるわけないと考えていた。
遠藤渓太選手自身は大学をたくさん受けるつもりだったのだ。
これについて本人も
「点は取れてはいましたけど、昇格できるほどの何かを残したわけではなかった。プロになれる手応えもなかったですし。なので、大学に行こうかなって」
とインタビューで答えている。
またその理由として
「ユースではたしかに”敵なし”でしたけど、トップチームの練習参加は数える程度で、下の世代がキャンプに帯同する一方で、自分は行けなかったし。たまにトップの練習に参加させてもらっても、手も足も出ない感じでした」
とも答えている。
こうした理由でプロ入りは無理だろうと、当時の遠藤渓太選手は考えていたのだ。
大学進学の為の活躍でプロ入りとなる
プロ入りは無理だと考えた遠藤渓太選手は、自身が大学進学をするためにと高3のクラブユースで頑張りを見せる。
高3のクラブユースでのプレーで、大学チームからオファーが割とあるためそこにアピールをしようと考えたのだ。
結果として遠藤渓太選手は、高3のクラブユースで大活躍を果たす。
チームは優勝、遠藤渓太選手は得点王とMVPに輝いた。
結局、この活躍がスカウトの目に留まりプロ入りとなったのだ。
遠藤渓太選手の中学時代の評価はイマイチだった?
遠藤渓太選手は今では、日本代表に選抜されるほどの選手だ。
しかし中学時代の評価は決して高くなく、元からの天才選手というような経歴ではない。
中学時代に遠藤渓太選手は、マリノスのジュニアユースに入団をした。
毎週月曜日以外はサッカーの練習と、サッカー漬けの毎日を送っていたのだ。
そして高校サッカーになる頃、ジュニアユースからユースへの昇格判断が出た。
最初に出た判断は「△」だったのだ。
今でこそ敵無しの様相だが、中学時代の評価は意外にもイマイチだった。
当時は「日々の練習を100%でやってないだろ!」など、厳しい言葉をかけられたこともあったそうだ。
ただそこで「確かに練習を100%でやってない」と思い、自身の練習を見直し必死で練習をやった。
結果は無事にユースへとの昇格を果たしたのだ。
ジュニアユース時代はプレーも違った
遠藤渓太選手といえば、後述もするが突出したドリブル技術が魅力の選手だ。
しかし中学のジュニアユースでは、全く別のプレースタイルだった。
今とは真逆のプレーを本人も好んでいたようだ。
遠藤渓太選手はジュニアユース時代、中学1年の頃から今と同じサイドというポジションでプレーしていた。
プレースタイルは間でボールを受け、そこからパスを繋ぐというスタイルのプレーを好んでいたのだ。
サイドとして役割は果たしているだろうが、遠藤渓太選手自身でまだ自分の武器に気付けていない時期である。
今の遠藤渓太選手を知るファンからすれば意外かもしれない。
ただまだ自分の武器に気付けていなかったからことも、評価がイマイチだった理由の1つであったのだろう。
遠藤渓太選手のプレーの魅力とは?
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— Jリーグ(日本プロサッカーリーグ) (@J_League) May 20, 2019
遠藤渓太選手はプロ入り後も見事な活躍を続けている。
そしてその実力が認められて、いよいよ日本代表入りとなったわけだ。
ここからはそんな遠藤渓太選手のプレーの魅力に迫っていきたい。
そして彼のプレーの魅力はズバリ「ドリブル技術」なのだ。
遠藤渓太選手はドリブラーとして魅力あるプレーを見せる。
局面の打開力に長けた選手だ。
その抜群のドリブル技術で、一気にチャンスをチームに呼び込める力がある。
そしてそのドリブル技術への評価はプロ入り1年目から見て取れる。
プロ入り1年目から試合出場の機会を取り、 A契約も早い段階で得ているのだ。
また3年目となる頃には、背番号も「18」から「11」とエース番号に変わっていた。
その3年目にはルヴァンカップで、「ニューヒーロー正直」も受賞している。
マリノスの左手サイドとして、貴重な戦力として際立ったパフォーマンスでチームを支えているのだ。
ユース入り後に開花させた才能は、そのままプロ入りごもまだまだ伸びて続けている。
周りのレベルが特段上がるプログラム入り後に、活躍をさらに続けているのだから間違いないだろう。
そしてこうした才能は、中学ジュニアユース時代の努力から始まっているのだ。
ジュニアユース時代に「練習を100%やる」と自分を見直したことがキッカケであろう。
本人はよくインタビューで「よくわからないまま」「気付いたら」と答えている。
しかし過去のインタビューを掘り下げると、しっかりと練習で努力をした結果であることがよく分かるのだ。
遠藤渓太選手がデザインしたTシャツが話題?
ここまで遠藤渓太選手の選手としての魅力を紹介してきた。
最後にからのほかの魅力についても紹介したい。
というのも現在、彼がデザインしたTシャツがネットで話題となっているのだ。
プレイヤーとして以外の魅力についても迫ってみよう。
彼がツイッターに載せたTシャツが面白いと話題になった。
キャラクターをデザインしたTシャツなのだが、キャラクターの名前は「ばかうけ」という名前なんだとか。
某お菓子のキャラクターそっくりではあるが、なかなかユニークな出来栄えだ。
この通称「ばかうけTシャツ」が、ネットで面白いと評判になっている。
プレイヤーとしては天才的ドリブラーの遠藤渓太選手の、意外なお茶目な一面として話題入りしているのだ。
成長著しい注目の選手だが、お茶目な一面があることでなんだか身近に感じられるのかもしれない。
気になる方はぜひ「ばかうけTシャツ」を検索してみて欲しい。
サッカー日本代表の遠藤渓太選手の魅力とは?〜まとめ〜
今回はサッカー日本代表の遠藤渓太選手の魅力について紹介してきた。
彼のドリブルというプレーの魅力、またそれの評価としてプロ入り後の活躍など伝わっただろうか。
そしてその活躍のルーツはユース時代からあったのだ。
またさらにそのルーツは、ジュニアユース時代の努力からきている。
努力があり、徐々に才能を開花させてきた選手であることを知って欲しいと思う。
ただ今の「天才ドリブラー」だけを切り取って見るのと、少し印象が違うのではないだろうか?
そんな「努力の天才ドリブラー」、遠藤渓太選手の今後の活躍にはまだまだ要注目だ!
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