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首里城の再現は不可能なのか|当時の職人は既に他界している

首里城ニュース

首里城が火災に遭い、再現を望む声が高まる中で、沖縄県内の瓦職人の組合から、訴えがあった。

「首里城正殿に使用されている瓦をつくる事は不可能」

 

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首里城の瓦の再現は不可能なのか?!

首里城正殿の瓦

首里城正殿の瓦

 

沖縄の瓦職人の組合から、焼け残った瓦は廃棄しないで、出来る限り再利用するように、と沖縄県に訴えが寄せられている。

1)正殿に使用されていた瓦は、現在では採取できない土で出来ている。

2)土の配合と焼く温度を知っている職人が既に他界している

 

正殿に使用されている瓦は、5万5,000枚。

 

県琉球赤瓦漆喰施工協同組合の田畑理事は、「赤瓦は古くから、伝統的に劣化していなければ再利用されてきました。再利用を前向きに検討して頂きたい。」と訴えている。

正殿の赤瓦は、既に亡くなっている職人の奥原さんが独自で考えた瓦であり、再現するのは不可能であることを明かしている。

 

赤瓦自体は、沖縄の民家の屋根にも使用されているが、首里城正殿に使用されていた瓦は、特別に作られたもののようです。

 

 

 

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首里城の屋根は何故赤いのか

今回、再現が難しいとされる、特別に作られたとされている首里城正殿の赤瓦。

首里城が最初に建てられた建設年は定かではない。

赤瓦は、首里城の代名詞的に、イメージづいているが、今から400〜500年前は、板葺き屋根であったようだ。

赤瓦になったのは、1715年に再建した時からという説がある一方で、1945年に焼失した際には、「首里城は赤かった」という意見と「首里城は黒かった」という意見もあったらしいのです。

さらには、木の部分も朱色ではなかったという説もあるようで、どれが本当に姿なのかは、決定的ではないということです。

 

明確なのは、2019年10月31日に焼失した首里城は、赤かったということ。

そして、元々の首里城は、どうやら、赤ではなかったということです。

果たして、今後どのような形で、再現されていくのか、楽しみでもあります。

 

 

また、首里城の屋根が赤くなった理由には、調べていくと諸説ありそうだ。

 

 

琉球の人口増加

琉球の人口増加が関係している考えられる説。

 

生活に使う火は、薪を燃料としていた。

人が増えると、薪が不足します。

灰色の瓦の場合、高い温度で焼く必要があり、赤瓦だと低い温度でも焼ける。

だから、首里城の瓦を赤くして、資材を節約したとする説です。

 

 

赤は高貴な色

17世紀後半から使われるようになった赤瓦だが、当時は最先端技術で作られており、高価であり、「赤は高貴な色」とされた。

その為に、琉球王府だけが使用することが出来、庶民が赤瓦を使うこととは許されなかった、という説です。

庶民が赤瓦を使えるようになるのは、明治時代に入ってからのことらしい。

 

 

クチャという黒い泥岩が酸化焼成で赤くなる

赤瓦は、沖縄の伝統的な屋根瓦として、使用されている。

17世紀後半から、沖縄南部で採れる「クチャ」という泥岩を原料として作られている。

クチャは、原料である泥岩の時点では、黒い土です。

鉄分を多く含んでおり、鉄分が酸化すると赤くなることを利用し、酸化焼成という方法で焼かれている。

そうして出来上がるのが、鮮やかな赤い瓦だ。

 

 

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まとめ

鮮やかなあの赤が記憶に残っているが、実は本来の色ではないようです。

なんにしても、早く再建されることを願うばかりです。

特別の瓦でなくとも、沖縄で使われている赤い瓦でも良いのではないかと思います。

クラウドでも、既に2億円集まってると聞きます。

まだまだ、不足とは思いますが、そこにあるべきものが、あるのが良いですね。

 

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